⑨呼吸法

≪解説≫

⑨呼吸法

二回にわたって響きについて説明してきましたが、今回は呼吸です。
呼吸は簡単そうにみえて実はわかりにくいと思います。

『発声法は「呼吸」にはじまり「呼吸」に終わる』と言われるくらい大事ですがつかむのに時間がかかります。

まず呼吸は大別して胸式呼吸と腹式呼吸に分かれます。
胸式呼吸では歌をうまく歌うことはできません。
前にお話ししたように、胸が動くということはそれと連動する周りの筋肉を使ってしまうので、
あごや舌が自由にならないのです。

胸式と腹式の見分け方ですが、

立ったまま鏡を見ながら大きく息を吸って見て下さい。
胸や肩が上に向かって動いているときは胸式呼吸です。
この呼吸の特徴は、歌っているとき休符のないところで急いでブレスがしにくく、息を吸う音がしてしまいます。

こんどはあおむけに寝て静かに呼吸をして見て下さい。
息を吸うとおへそのまわりが膨らみますよね。
息を吐くとお腹はへっこみます。
肩や胸は動かないはずです。
これが腹式呼吸です。

この呼吸を立ってやってみてください。
息を吸ってお腹を膨らまそうとするとどうしても筋肉に力みがでてしまいます。
筋肉が力みすぎるのはベルカントではなく、ドイツ唱法に近くなります。
なので、最初は息を吐く練習からしてみてください。
8~10カウント数えながら歌っているつもりで息を吐きます。
それと同時にお腹をへこませながら横隔膜を引き上げるイメージを持ってみてください。
つまり息を吐くとき胸が少しずつ上がるのです。
息を吐き切ったら脱力します。
すると自然に寝てやってみたときと同じようにおなかが落ちて自然に空気が入りませんか?
息をうまく吐き切れないと脱力と同時に息が入って来ません。
息は吸うのではなく勝手に入ってしまうもの、
それがベルカントの腹式呼吸です。

息を吐き切った時肺はしぼんでいます。
その時、のどをあけ、胸郭を広げていれば空気は自然に入って来ます。
自然界の生物で肺の中だけ気圧を低く保つことはできないのですから、
無理に吸うことはないのです。
それで息が足りなくなるとすれば、胸郭が開いてない、あごに力が入っている、
鼻腔ではなく口腔で響かせているなどのほかの原因が考えられます。

よく「息は鼻で吸うのか、口で吸うのか」と質問する方がいますが、どちらでもないのです。
「吸うのではなく開いている穴を通って自然に入ってくる」ように呼吸するのが正解です。

さて、次にドレミファソファミレドのような簡単なフレーズを今の呼吸のやり方で歌って見て下さい。
お腹が急に動いたり、または固くなったりせずに、
最初から最後までなめらかに横隔膜が上がって行くのを感じることができましたか?

こんどは簡単な曲を歌いながら練習します。
曲になると、ブレスの長さがその都度変わりますよね。
一小節のフレーズもあればもっと長いフレーズもあります。
どの長さも最後は息を使い切るようにして下さい。
そのためにはフレーズの長さによって使う息の量を調節する必要があります。
はじめのうちは1フレーズごとに練習しましょう。

ここで胸腔について少し説明しておきたいと思います。
首から上の空洞には、鼻腔、口腔、咽喉腔があると言いました。
もうひとつ、胸腔も少しですが響きを豊かにする効果があります。
ソプラノは5%程度のイメージですが、男性やメゾソプラノはもう少し響きの割合を増やすことが出来るように感じます。
また胸郭を開いて胸腔の広さを保つことでブレスの長さも変わります。

胸腔は、周りは肋骨をおおう肋膜と下は横隔膜で密閉された空洞です。
横隔膜はおわんを伏せたような形で胃などの内臓と肺とを隔てています。
横隔膜は息を吸うと下がり肋骨は開きます。
息を吐くのにつれて横隔膜は少しずつあがり、肋骨は狭くなります。
横隔膜のある場所は、うしろは肋骨にくっついているので触れることは出来ませんが、
前部はみぞおち付近で触ることができます。

この横隔膜を、フレーズを歌う間止めずに動かし続ける唱法がベルカント唱法です。
歌いだす瞬間にみぞおちがくっと動いたり固くなったりしてはいけません。
また高音を出す時に固いのも良くないのです。
とにかくどんなフレーズも、みぞおちを固めず横隔膜を動かし続けることが大事なのです。
これに対してみぞおちを張って、横隔膜をキープするように歌うのがドイツ唱法です。
このやり方だと太く迫力のある声が出ますが、筋力の衰える年齢になると声が揺れやすくなります。
どちらが良いと優劣をつけることは出来ませんが、相当な筋力がないとドイツ唱法で歌い続けるのは難しいと思います。

そして、横隔膜だけでなく肋骨の広がりを保つことも大切です。
いくら横隔膜を下げても肋骨が狭いと空気があまり入らないためブレスが短くなりがちです。
ただし胸腔を広げようとすると力が入りやすくなってしまいます。

力を入れずに胸腔を保つには、まず姿勢です。
鏡に自分の横の姿を写してまっすぐに立って見て下さい。
耳、肩、骨盤、くるぶしが一直線になることがまっすぐな立ち姿です。
重心が前傾したり、後傾しすぎて骨盤が前に突き出たりしないように、一本の木のように真っ直ぐに立ちます。
肩は特に巻き肩にならないように。
肩が前に猫背のように巻くと、胸腔が狭くなり、広く保つことが出来ません。
まっすぐ立てたら、その姿勢で首を前後に動かしてみて下さい。
前から後ろに少しずつ動かすと、ある位置ですっと空気が吸うように肺に入る場所がありませんか?
その位置が咽喉腔から胸腔までがまっすぐになる位置なので、声が通りやすく、
胸腔の響きを使えるようになります。
胸腔は胸郭、つまり背中や脇を広げるようにすると体積は広がるのですが、
わざと広げようとすると力を入れてしまい、かえって息が保てなくなってしまいます。
かといって狭い胸腔ではブレスが短くなるし、フレーズの最後が安定しにくいのです。

力を入れるのではなく、胸腔に張りを持たせる程度が良いのですが、このバランスは自分で覚えるしかなく、
時間をかけてどの程度のハリを持たせれば声が長く保てるか探してみて下さい。
「まっすぐ立つ」ことでこの胸腔が自然に広がるのを助けてくれるので、
姿勢は大変重要なのです。

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