⑮パッサージョとアクート

パッサージョとアクート

15 パッサージョとアクート

さて声楽レッスンのシリーズも最後になりました。

と、言っても何かまた項目を思いついたら描くかもしれませんので、今のところ、です。

声を低音から高音までムラなく同じ声で響かせるために大事なこと、
「パッサージョ」について解説しましょう。

普通、声を出すとき、自然にその高さに合ったポジションで発声します。
低い音は地声のような喉の声になりますし、高音は裏声のような場所で歌わないと声がでません。
高音を地声でだそうと思っても不可能です。

自然な声の出し方で低い音から高い音に上げながら歌っていくと、どこかでコロッ、コロッと数カ所ひっくり返ったように声質が変わるところがあります。
演歌などはこの「コロッ」を味として使います。

スイスをはじめとしたアルプスの「ヨーデル」もそうですし、アメリカのカントリー歌手もこの「コロッ」を使いますね。

日本はこのヨーデル風「コロッ」を古くから民謡などに取り入れていて、とても良い効果を出している歌手も多いですが、クラシックの声楽は違います。

西洋音楽の声楽が日本に入ってきたとき、日本の教師たちは、西洋歌曲やオペラを歌うためにはこのコロッを防がなければいけないと思いました。

「コロッ」と聞こえないようになめらかにバレないように歌う、そのことから「チェンジ」という言葉が生まれたのだと思います。

普通に歌っていると自然に声が「チェンジ」してしまうところを、極力目立たないように変えて(チェンジして)いく。
それが日本の初期の教育だったと思います。

イタリアの発声の考え方は違います。
チェンジするのではなく、低音から高音まで通過しやすい発声法を極めることを目標にするのです。

もちろんコロッとなる場所は世界共通同じです。

同じ歌い方で歌っているつもりでも出しにくくなる場所、砂時計のくびれのように引っかかる場所、これをパッサージョ(通過点)といい、そこをなめらかにくびれを作らず通り抜けることをパッサーレ(通過するという動詞)するといいます。

パッサーレしているかしていないかは本人にはわかりにくいものです。
パッサーレ出来ていない方が自分の耳には響いて聞こえたりもします。

第三者が聞くと、パッサーレ出来ていない声はカクッと声が曇ったように聞こえたり、詰まって響かないように聞こえます。

うまくパッサーレ出来ていると本人には少し遠く聞こえ、第三者には下から高音までなめらかに同じ音質で豊かに響いて聞こえます。

具体的にパッサージョの場所を説明しましょう。

声が一瞬出にくくなるくびれは大体3カ所あります。
ソプラノを例に取ると、第一パッサージョ(仮パッサージョ)は一点シと二点ドの間になることが多いです。
テノールも同じです。

第二パッサージョ(またはふつうにパッサージョといいます)は二点ファ♯と二点ソの間くらいです。

最後の通過点は二点シ♭と二点シの間あたりです。

第二の二点ソから二点シ♭まではアクートという領域、二点シから上はソプラノクートと呼びます。

メゾソプラノとバリトンはすべてそれより半音下に点があり、アルトとバスは一音下にパッサージョの点があります。

つまり、声域というのは声質、低いとか太いとかで決まるのではなく、本来パッサージョの位置で決まるものなのです。

うまくパッサーレするためにはすべての場所に通用する楽器の形を手に入れること。
つまり、あごの力を抜いて軟口蓋を上げ、喉をよく開くことにつきるのです。

ただし高音になればなるほど口が横に開いたり、舌根が上がったり、喉仏が上がったりします。
舌が下の歯から離れないように、喉の奥まであくびのように開いて喉仏を下ろして歌えることがパッサーレのコツで、これが出来てようやく歌手として一人前です。

なかなか大変な道のりですね。
でもみんな同じ苦労を乗り越えているのです。

ピアノやバイオリンのコンクール出場年齢制限が20代であるのが普通なのに、声楽は30代に設定されています。
音大を受けたいと声楽を本格的に始めるのが、変声期が終わる平均15才だとして、25才頃から声が完成し始めると言われます。
発声がつかめるのに大体10年かかるということです。

だから今わからないからといってがっかりすることはありませんし、発声を勉強するのに遅すぎることもないのです。

私はどんな人でも天から授かった美しい声を持っていると思います。
人間の骨格はそう出来ているのです。

ただ、ダイヤモンドと同じで磨かなければ本当の声は光ってきません。
磨いて磨いて、是非自分の本当の声に出会っていただきたい。

自分の体の中から生まれてくる美しい声に酔う幸せを味わっていただきたいのです。

その神様からいただいた宝物に出会うお手伝いをさせていただければと思います。
わたしにとっては皆さんが自分の声に出会うところに居合わせること、それもまた天からいただいた喜びだと思っています。

頑張りましょう!

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