⑧響きとは(その2)

≪解説≫

⑧響きとは(その2)

さて、口腔と咽喉腔についてです。
口腔と咽喉腔とを、二つの空洞として扱っていますが、私は口腔よりむしろ咽喉腔の方が重要だと思っています。
咽喉腔を広く開けるために口腔を正しく開けることが必要なのです。

咽喉腔は声帯の上部からまっすぐ上に伸びる縦長の空洞です。
肺から出た空気が上に向かって声帯を通り抜けて音になるわけですから、音はそのまま上に進み、鼻腔の後ろ上部で跳ね返ってマスケラ(鼻と目の周囲)に当たるのが、もっとも音を無駄なく響かせることができます。

この咽喉腔を声帯のすぐ上で狭くしてしまうものがあります。
上に屋根のひさしを作るようなもので、声はここでさえぎられてしまいます。
その狭くしてしまうものとは『舌』です。
舌が後ろに固くせり上がることで砂時計のくびれのような狭さを作るのです。

舌がせり上がるのは力みです。
舌は常に下の歯に沿って布団を敷いたように脱力していることが望ましいのですが、これが言うは易し行うは難し、なのです。
舌の良い位置は、下の歯(前歯から奥歯すべて)に軽く接し、中央部はスプーン状にくぼんでいる状態です。
これは歌っていない時はできるかもしれませんが、普通は歌い始めると力が入って後ろに向かってせり上がってしまうことが多いのです。
特に高音は舌先が前歯から離れてしまいやすいのです。
これは声楽初心者がよくぶつかる問題です。
ある程度声楽を勉強している人でも高音(アクートから上)ではやはり舌のコントロールが利かなくなる場合が多いのです。

この時、舌の力を抜こうと思っても無理です。
舌は単独で固くなっているわけではないのです。
それどころか動かないようにしようとすればするほど勝手に動き出します。
よく生徒さんが「先生!別の生き物みたいにいうこと聞きません!」と言いますが、私も若い時随分舌と格闘したものです。
実は舌は、舌根から首の筋肉、あごを動かす筋肉、胸の筋肉(大胸筋)、おへそから上の腹筋とつながっているのです。
だからお腹に力を入れると舌は奥に巻き込まれるし、あごを思い切り下に開いても舌は上がります。

つまり下のあごからおへそまでは出来るだけ脱力して筋肉を緊張させないようにすることが大事なのです。
これは次に説明する呼吸法で胸式呼吸がいけない理由と一致します。

ただし、完全脱力では歌は歌えません。
胸はある程度は肋骨を開かなければ空気は入らないし、口は開けなければこもったような声になってしまいます。
胸は開き正しい姿勢で立ち、よくあごを下ろして口を大きくあけて、そして脱力している、
これはイメージとしては相反することなので、長い時間をかけてそのバランスを探さなければなりません。

ひとつコツを言うとすれば口の開け方だと思います。
ここで口腔の説明をしておきましょう。
口腔は鼻腔、咽喉腔に比べて唯一自分で見ることができる空洞ですね。
ですから本当は一番コントロールしやすい場所なのです。

自分の舌で上あごの天井を触ってみると、天井部分に丸く膨らんでいる骨があり、その奥は柔らかくなっています。
固いところが硬口蓋、柔らかいところが軟口蓋です。
軟口蓋の一番奥に口蓋垂、通称「のどちんこ」と言われている垂れ下がっている突起がありますが、
この口蓋垂の先端から咽喉腔の下部分までの距離、言い換えれば「高さ」があればあるほどいい声が出ると言われています。

軟口蓋を引き上げることが出来るようになると、この口蓋垂も上に引き上げ、粘膜の中に引っ込めることが出来ます。
そうすると垂れていなくなるのですからさらに距離(高さ)が出ることになります。

この軟口蓋を引き上げるには耳の前を触って口を開けたり閉めたりして見て下さい。
あごの骨のちょうつがいが動いているのがわかりますよね。
口をあけると指一本分くらいの穴が開きます。
これを今度は口を軽く閉じたままちょうつがいを開けて見て下さい。

あごを動かせないのですから頭蓋骨を上に引っ張るようにしないと穴は開きません。
目は見開き、おでこと眉はあがり、鼓膜が広くなったように感じます。
この顔が高音を出しているときの歌手の顏です。
薄目で高音を張り上げる歌手がいないのはこのちょうつがいを開いて歌うからです。
この開き方ができれば舌は固くなりません。

ところが下あごだけを使って口をあけようとするとちょうつがいの動く位置が変わります。
ワニが大きく口をあけるようにすると、根元はかえって締まるのです。
そうすると舌根も引っ張られて後ろに巻き上がります。

あごを引きながらあくびのように脱力してちょうつがいから口を開け、声帯から上に声が抜けるようなまっすぐの姿勢で立ち、鼻腔に声を通す、これが一連の空洞の使い方です。

2kのアパートに例えて良く話すのですが、学生さんが住むような玄関入ってすぐキッチン、そこから4畳半と6畳の部屋に続いている場合、キッチンに荷物を積み上げているとどちらの部屋にも行きにくくなります。

鼻腔と口腔を生かすために咽喉腔を広くまっすぐにしているというマップを常に頭の中に置きましょう。

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