②クラシックとミュージカルとの違い

≪解説≫
クラシックとミュージカルやポップスの発声はどう違うのか?

それは生楽器と、電気を通して演奏する楽器の違いと同じです。

ピアノやバイオリン、クラリネットなどの生楽器が響く仕組みをまず説明しましょう。
ピアノはピアノ線をハンマーで叩く、バイオリンは弦を弓で鳴らす、クラリネットは竹製のリードに息を吹きつけて音を出します。
もとの音はそれほど大きくないのですが、そこに倍音が加わることによって音の深みや厚み、音色が出てきます。
倍音とはたとえば100ヘルツの振動の音があるとすると、その音の整数倍、つまり200ヘルツ、300ヘルツ、400ヘルツの音が同時に共鳴して鳴る仕組みです。
漫画の中に並んでいる12個の音はその2倍3倍・・・12倍までの音なのです。

そしてその音を楽器の空洞の中でさらに共鳴させ増幅させます。
音は目には見えませんが音は小さな粒子と同じで、振動しながらビリヤードの玉のように空洞の壁で跳ね返りながら増幅していきます。
その絶妙な跳ね返りを作る空洞の形が、あのバイオリンやピアノの形なのです。

でも電気で増幅させる場合は空洞は必要ないですね。
だから三角のエレキギターのように形は関係なく色々な形の楽器が登場することになります。
弦から出た音をそのまま電気で拾うので倍音と言う概念もありません。

これと同じことが歌うことにも言えるのです。
声楽は人間が楽器です。
声帯が弦やリードの役割、そして口(専門用語では口腔)、咽喉腔(喉の奥)、鼻の後ろの鼻腔、そして胸腔の4つの空洞で共鳴させます。

「空洞を響かせる」ためには、もちろん狭いより広いこと、高さのある丸い形であることが必要です。
教会の大聖堂を思い浮かべて下さい。
丸い高い屋根をしていますね。
そこで聖歌隊が歌うと、まるで天使が空から降りてきたようなおごそかな気持ちになったはずです。
その大聖堂を口の中に作るつもりで口の開け方をイメージします。

これに対してマイクを通す声は共鳴や倍音が少ない方がいいのです。
マイクは音を拾って、電気の力で数倍に増幅しますが、すでに共鳴して増幅した音を拾うと「ぼわーん」と広がりすぎてしまうのです。
それで、大聖堂の形をあえて平べったくし、少し力を入れて歌うことでマイクに通りやすい単音を作るのです。

ただ、この声はマイクとは相性がいいのですが、喉は疲労しやすくなります。
声帯の周りの筋肉も疲労しますが、声帯そのものもダメージを受けやすく、ポリープなどのトラブルと背中合わせです。
ポリープはペンだこのようなものです。
強く擦り合わせることでタコが出来てしまい、かすれたり声が出なくなります。
大きなポリープだと手術が必要になります。
また声帯の周りの筋肉が疲労すると伸び切った輪ゴムのようにハリがなくなり、声が揺れ始めます。
喉を酷使する演歌歌手や地声で張り上げるポップス歌手が、
年齢と共に大きなビブラートが出てきて音程が取りにくくなったり、高い音が出なくなる場合があるのはそのせいです。

この声の衰えは40歳くらいから始まるので、
ある歌謡曲の歌手が40歳を迎えて歌手活動を休止し、クラシックの発声法を学び直してみごと若々しい声で歌手活動を再開したのは有名です。
でもできれば最初にクラシックの発声を学んで欲しいと思います。
クラシックの発声、特にベルカント唱法はもっとも喉にも声帯にも負担をかけない唱法です。
これを最初に勉強することで、のちにミュージカルに行ったとしても痛めやすいポイントがわかるので、
声帯の怪我を未然に防ぐことが出来ます。
その技術があれば1ヶ月の公演に穴をあけることも少ないのです。

最近では大きなミュージカルの主役級はクラシックからの転向歌手を取ることが多くなっています。

ただし、ミュージカルの発声法は喉を固くして歌うので、一度それが身につくとクラシックの声の出し方は難しくなります。
なので、クラシック→ミュージカルは可能ですが、ミュージカル→クラシックはほとんど聞いたことがありません。
一方通行なのです。

なので、50歳を過ぎても歌い続けたいならば、まずクラシックの発声法を学ぶべきだと思います。

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