③ベルカント唱法

≪解説≫
③ベルカント唱法

クラシックの中でも色々な発声法があるのは意外と知られていません。
ここではロシア、ドイツ、イタリアとわかりやすいように分けて説明していますが、実は確固たる『発声法』は存在していません。
実際には歌い手の数だけ発声法があるのです。
それは、骨格や身長、声帯の形、のどの太さなど千差万別なのですから当然です。

ですから、ドイツ唱法、イタリア唱法といっても一枚岩ではありませんし、
イタリア人なら全員がベルカントで歌っていると思ったら大間違いです。
のどや骨格がいいからと体に任せて歌う人も沢山いるのです。

実は、私は正式に発声法を習わずに学生時代を過ごしました。
私たちの時代は「ボイストレーニング」という概念はまだありませんでした。
発声は個々で鍛錬してつかむもの、そういう考え方が一般的でその頃の私は行き詰っていました。
表現したい声はイメージ出来ているのにその声が出ない。
特に本番になると高音が固くなり、いつも響きが足りないのではないかと不安に感じていました。
「ボイストレーナー」という人が日本にも生まれたと風のうわさに聞き、自分も学びたいと思いましたが、
学生ではとても手が出ない存在でした。

その後、だんだんと情報も入るようになり、先生も増え、ベルカント唱法にたどり着けるようになりました。
いい時代になったものです。

さて、では実際にベルカントとは何かについてです。
ベルカントとは様式です。
オペラの形が始まった1600年代後半バロックオペラからモンテベルディを経て1800年代初頭のベッリーニ、ドニゼッティ、ロッシーニらのロマン派初期までの音楽様式のことで、それを歌いこなす唱法をベルカント唱法と言います。
この時代リアリズムは下品とされ、美しくレガートの声の中に品格と情感を表現しました。
また、アジリタと言われるコロラトゥーラの細かい音符をちりばめることも特徴で、このアジリタによって情感を表現したのです。
つまり演技や表情ではなく、あくまでも「声」で感情を自在に表現するのがベルカントで、そのためには高い技術が必要だったのです。

その後1890年ころからロマン派中・後期に移行するにつれて、ヴェリズモ・オペラの時代に代わって行きます。
ヴェリズモ・オペラとは、声の技巧によって表現するベルカント・オペラとは違い、技巧を排除し、感情をリアルに表現する手法で、重厚なオーケストラと派手で現実的な描写で表現されるオペラです。
マスカーニの「カバレリア・ルスティカーナ」に始まりプッチーニに至るまでがここに当たります。

この時期ベルカントは一時期廃れますが、また徐々に見直されるようになりました。
ベルカントを唱法として勉強することで、ヴェリズモを容易に歌えるようになること、声の衰えが少ないことなどからベルカント・オペラのみではなく、「唱法」として誰もが一度はベルカント唱法を学ぶべきだと考える人が増えたのです。
特に日本人は体格的にベルカント唱法で歌う方が合っていると注目されるようになりました。

ただ、前述したとおり、本場イタリアでは現在はややヴェリズモ派の人口が多いとも聞きます。

例えて言うならベルカントはメジャーリーグのイチロー、ヴェリズモはボンズのようなパワーでホームランをかっ飛ばす選手のようなものでしょうか。
体のある選ばれた人はヴェリズモもありでしょうが、骨格や体格は生来のものです。
やはり息の長い歌い手であるために最もコストパフォーマンスの良い発声を学ぶべきだと思うのです。

ベルカント唱法を学んで気が付いたことは、私の若いころの歌い方はドイツ唱法に自己流を混ぜて歌っていたということ。
私はそのころとても痩せていて筋肉量も少なく、自分には向かない歌い方だったにもかかわらず、
知らず知らずのうちに筋力を必要とする歌い方をしていたのです。

ドイツ唱法は一言でいうと「維持をする」イメージです。
ろっ骨を筋力を使って広げ、横隔膜も下げ空気を入れた後、それを維持するように歌う感覚です。
声を深堀しやすく、年と共に声が不安定になります。
筋力を使うとのどにも力みが入るので、声が揺れやすくなるのです。

それに比べるとベルカント唱法はもっと「楽に」「体を固くせずゆるやかに息を流し、動き続けながら」歌います。
ろっ骨を広げ横隔膜を下げるのは同じなのですが、そこに筋肉の力みはありません。
むしろ脱力しているような感覚です。

体が楽だからこそ、声を深堀せず年を取っても声が揺れないのです。

ただ、前にも言った通り「これが出来たらベルカント」という定義もゴールもありません。
学んでみるとわかりますが、一つわかるとその先にまた一つ扉が見えます。
もっとうまくなりたいと勉強し続ける限り、一生上達していくものなのです。

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