⑤声楽も楽器がある?

≪解説≫

⑤声楽も楽器がある?

さて、少しずつ専門的になって来ました。

高校生の美音さんが「歌を習いた~い♪」なんて軽~いノリで始まったシリーズなのですが、これから以降で説明したいことは実はけっこう専門的な話です。
ある程度声楽をやっている、それも音大に通っているか卒業している、またはセミプロで歌っている人たちが悩んでいる内容に少しでもヒントになればと描き始めたのがきっかけなので、もし読んでいてわからない時は、わかる項目だけ読むか、レッスンを実際に受けながら少しずつ読み進めて下さいね。

さて、今回は歌を歌うことを楽器と演奏者にわけてとらえられるかという回です。

たとえばピアノをフォルテで弾こうとして体重をかけ指を振り下ろしたりします。
でもピアノ自身が力を入れたりはしませんよね。
ピアノは楽器としてもう響く形に完成していて、それに演奏者がテクニックを駆使して良い音を鳴らす工夫をするわけです。

声楽も同じなのです。

まず楽器が体のどこに当たるのかを知って、その楽器が一番鳴る形にまず整えてから声を出さなければならないということです。
高音を出す瞬間に口の形を変えると楽器の形を変えながら音を出していることになるので正しく音が鳴りません。
口の形、喉の開いている状態、顎の角度など、一番楽器の鳴る形に整えてからそこに音を通すことが大事です。

反対に「演奏者」である声帯から下は動き続けます。
息は止まらずに出し続け、横隔膜は動かし続けます。
止まっているように見えても微妙に体は動き続けていないと余計な力みが「楽器」に伝わって、響かなくなってしまいます。

ストラディバリウスと言うバイオリンがあります。
世界に150台くらいしかない300年くらい前の名器で、数億円くらいします。

バイオリンの安いものは5万円くらいから買えますが、見た目の形は同じです。
見た目は同じですが、聴けばその音色の違いはすぐわかります。
響きの豊かさと深さがまったく違うのです。
なぜこんなに違いがでるのでしょう。

バイオリンのに使われる木材の質や塗るニスのわずかな違いが違うのです。
コンピューターで測ってもわからないくらいの木材のミクロン単位の厚さの違いなど、少しずつの違いの集大成が音質の違いを生むと言われています。

ということは声帯から上の人間の「楽器」部分の形もミリ単位の空洞の作り方の違いで5万円と5億円の差が出るということです。
大変なことですが、自分の努力次第で5億円の楽器になれる可能性があるのですから素敵なことだと思いませんか。

まとめてみますと、自分の体のどこからが「楽器」で、どこからが「演奏者」であるかを認識しているだけで対処が違うということです。
あくまでも「楽器」は形にこだわること。
母音を発声するときも楽器の形を壊しすぎないことが重要で、そのために喉の深い所は同じ形を使うイタリア語のテクニックが役に立つのです。
ですから、「i」や「e」で不用意に口を横に開けすぎてはいけませんし、「a」を平べったく発音したり、「o」や「u」で下あごを使って口をすぼめると楽器の形は変わってしまいます。

一番響く高価な楽器を自分の体から生み出して、それをいつでも同じ楽器の形に維持できるように練習して覚えること、もしそれが出来たら「歌い手」であるということがとても幸せに感じられることでしょう。

だって5億円いらないし、持ち運び便利だし、いつでもどこでも演奏可能なんですから!

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