⑥声楽の3つの基本

≪解説≫

⑥発声の3つの基本

さて、発声の3つの基本について解説します。
歌が歌えるためには

  1. 響き
  2. 呼吸
  3. 支え

の3つのカテゴリーをマスターすることが大事です。
この3つは独立せず、お互いに関連し合っています。

声帯から出る声はさほど大きくないし、きれいでもありません。
クラリネットなどのリードだけをくわえて鳴らしてみても、「ブー」ということしか出ません。
これがクラリネットの管を通ると美しい大きな響きになります。

前の項でも書いた通り、クラリネット管の楽器に当たるところが声帯から上の空洞ですよね。
この口腔、鼻腔、咽喉腔の3つをそれぞれなるべく広く、響く角度にセッティングするのが「響き」です。
口腔はどうしたら大きく丸く空洞にできるか、これは鏡で確認できるから簡単そうに見えますが舌のコントロールはやってみると意外に難しい。
鼻腔や咽喉腔は直接見ることが出来ませからさらに難しい。
先生の鼻腔の中を見ることも出来ないので、ピアノのように目で見てまねることも出来ないですね。

そうすると、「お店のシャッターを引き上げるようにおでこの筋肉を引き上げて」とか「猛禽類の上くちばしを前に突き出すつもりでおでこや鼻の骨を前に動かして」などイメージ表現で教師は伝えようとします。
生徒さんはそれをキャッチしてやってみて、いい声が出たらその時の体の形や動きを覚え込んでいくのです。
「響き」で作る動きのポイント仮に10あるとしたら、頭でわかっていても歌っている途中に10のポジションを同時に正しく取ることは出来ないので、まず1つ体に覚えさせる、それが出来たら2つ目を覚えさせるというように訓練をしていきます。

「呼吸」にも10、「支え」にも10あるとすれば体で覚える動きは合計30になりますよね。
その動きはすべてつながっているので、全部出来て初めて、パーフェクトボイスが出ることになります。

声楽がアスリートと似ていると思うのはこういうところです。
テニスやゴルフは素振りの練習をたくさんしますよね。
考えなくても体が勝手に動くようになるのは、体が同じ動きを3万回した時だとアスリートから聞いたことがあります。
特に、この試合さえ勝てば優勝、あと一打で勝つ、そんなときに平常心で打てるためには練習あるのみ。

ね、似てませんか。
音楽は感性、つまり音楽性がある人がやるもの、そんなふうに思うかもしれません。
もちろん究極はそうです。
でも感性を表現できるには技術が必要です。
その技術がアスリートのような毎日のコツコツとした基礎訓練の積み重ねに裏打ちされてはじめて、思い通りの表現ができるようになるのです。

発声がつかめて最も良い声を出せるようになる年齢は25歳前後からと言われています。
平均15歳くらいから声楽を習い始めるとすると、個人差はとてもありますが、約10年かかることになります。
もちろん10年経てば完成というわけではなく、世界的歌姫のマリア・カラスも言っているように「歌い手は一生生徒」、勉強し続ければするだけ上達し続けるのです。

「パーフェクトボイス」とは、
コンサートホールで声が豊かに美しく響き、なめらかに同じ音色でフレーズが歌え、ブレスに余裕があり、音楽表現が自在に出来て、なおかつ疲れず楽に歌えること。
このパーフェクトボイスはどんなに才能があってもすぐにできるものではありません。
「努力も才能のうち」
毎日の積み重ねが大切ですね。

大変そうだなあ、と思いましたか?
私は正直思いました。
私はもともとピアノ科志望だったので、声楽に中学3年で転向する一番の理由は「単旋律で譜読みも練習も簡単そう」という、実にひどい理由だったのです。
毎日最低数時間は練習しなければならないピアノにギブアップだったからでもあります。

最初は「うわー、簡単!たのしーい」と思っていましたが、だんだんピアノにはない大変さもわかって来ました。
大学生後半くらいになると「聞いてないよ~」と思うこともありました。
風邪をひけない、体調管理は非常に神経質になります。
少しの熱があってもピアノは弾けますが、歌は歌えません。
喉が腫れれば高音は出ないし、耳も聞こえにくくピッチが下がります。
歌う前に飲む飲み物の種類や温度、食べ物にも気を使います。
とにかく風邪をひかないように!
「楽器が生もので柔らかいのが声楽かぁ」とやってみて初めて気づいたのです。

でもいいことも沢山あります。
なによりも自分自身が楽器であるということは、自分が鳴る感動があるのです。
うまく表現できませんが、思い通りに歌えた時は、「生きててよかった~」みたいな本能的な喜びがあります。
文字通り、音楽に頭からつま先まで浸っている感覚が半端ないのです。

私はピアノから転向したくらいですから、声が良くて勧められてやり始めたわけではありません。
音楽性はわれながらあると自負していましたが、それを表現できる声量と技術がない。
おまけに若い時は太れない体質で、ガリガリに痩せていて、
「つまようじ」が歩いているようだと言われました。
表現する意欲はあるのに声に自信がない。
そこから努力の積み重ねでした。
感性だけではポジションを毎日維持できない、解剖学などの理論も勉強しました。

それでわかったこと。
みんな一人一人神様からもらった素晴らしい楽器を持っている。

自分が体得した手法はほかの沢山の人にも通じ、みなさんの楽器もすべて素晴らしいものばかりだと徐々にわかって来ました。
新しい生徒さんに出会うたびに実感せずにはいられません。

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