⑫ビブラートについて

⑫ビブラートについて

⑫ビブラートについて

さて、今回はビブラートについてです。

ビブラートは、実は非常に大切な要素です。
ビブラートは音程を安定させ、ブレスを長く保ち、声に美しい色合いをつけ、何よりも人に心地よい感動を与えます。

ジャンルによってはビブラートを抑えることもあります。
たとえば宗教曲や合唱などでは大きなビブラートが邪魔になるので極力抑えて歌います。
間違えないで欲しいのは、それはビブラートをコントロールして「抑える」のであって、「つけられない」ということではありません。
ビブラートをつけようと思ってもつかないとか、一定の安定したビブラートを保てないなど、自分の意思でコントロールできないことはには何か発声上の問題があります。
今回はそのことについて書いてみたいと思います。

ビブラートの幅や細かさには個人差があると思いますが、解剖学的には「全くビブラートがない」ひとはいないはずなのです。
これには諸説あって、「ビブラートの幅は本来全員同じ」という学者もいるし、先天的ノンビブラート(ビブラートのつかない声)の人がまれにいるという人もいます。

私は音声学や咽喉科医ではないので本当のところはわかりません。
ただ、長年教えてきた自分の実感としては、ビブラートのつかない人はいないのですが、幅や細かさの個人差は確かにあると思います。

たとえば声帯に厚みのある人の方がビブラートの幅は少ないように思います。
同じ音域でも低い声の女性のメゾソプラノより高い声の男性のカウンターテナーの方がビブラートはゆるやかな人が多いです。

また音の高さやフォルテやピアニシモの表現によってもビブラートの幅は若干変わります。
ピアニシモで出す方がビブラートの幅は狭く一秒間に揺れる回数も少なくなります。
これは声帯の性質上普通のことです。

また、人は耳から入った声を知らず知らずのうちに真似て発声する生き物です。
赤ちゃんはしゃべる前に大人たちの声や言葉を耳で学習して、無言のうちに声帯の使い方を習得するのです。
昔、私が声楽を教え始めた頃、初心者の子供たちでビブラートがない子はほとんどいませんでした。
最近は最初からビブラートを持っている子の方がむしろ少ない。
これは最近のJポップなどの歌手の多くがビブラートなしで歌っているせいではないかと思っています。
普段からクラシックを聴いている人は自然なビブラートを持っているので、やはり幼少から聴いている曲の影響は大きいのではないでしょうか。

そのように個人差はあれ、本来ビブラートがない人はいないという理由を、声帯のしくみから説明しましょう。

「声帯」は喉仏の骨の内側にある、二枚の伸縮性のある膜です。
声帯を取り巻く縦と横の筋肉を使って、ゴムの伸び縮みのように伸縮させることで高い声と低い声を使い分けます。
ゴムが短く細ければ、それを長く引っ張れば、はじくと高い音が出ますよね。
だから女の人は声が高く、反対にゴムが長い男の人は低い声になるのです。

また、大抵は背が高い方が首も太く声帯は長くなるので、アルトよりソプラノの方が、バスよりテノールの方が背が低めの人が多いです。
例外はもちろんありますけどね。

さて、その声帯ですが、出したい声の高さに伸ばしたところに空気を当てることで声帯を震わせて声を出します。
これをスローモーションで見てみると、声帯は下、つまり肺から上に向かって空気に押されて上がり、空気が通りすぎるとまた下に戻るを細かく繰り返して音を出しています。
風に吹かれてはためく旗の揺れと同じで、自然と波打つのです。
この動きをそのまま自然に声にするとビブラートが起こるのです。
はためく旗を止めたければ旗の端っこを手でひっぱって抑えれば旗は揺れません。
つまり、筋肉に少しの力を加えることで手でひっぱるのと同じ現象が起こってビブラートが止まるのです。

筋肉は声帯の周り、首、舌根、あご、胸、みぞおちからおへそにかけての腹筋、このどの筋肉に緊張を与えてもビブラートは止まる、または不規則になります。
また反対に細かすぎるさざ波のようなビブラートになることもあります。
正確にはこれはビブラートとは言わないのですけれど。
あくまでもビブラートとは自然な声帯の生理作用なのですから。

以上のことから、よく勉強している声楽の教師はビブラートを聞いて、どこに力みがあるかを判定できるのです。
それは、医師が患者の症状を見て病名を診断するのに似ていますね。

1 下付(したつき)のビブラート

さて、そのビブラートの種類について分けてみましょう。 これは例えばドの音を発声したとき、正しいビブラートはドの中でのみ揺れが起こりますが、ドシドシのように音をまたいだように大きな音程の揺れが起こるものです。

この現象は、鼻腔ではなく口腔中心に声を響かせるときにおこります。
特に年齢が上がってくるとみられるもので、本人には気づきにくいことが多いようです。
この音をまたいだビブラートは実音より下方につくことがほとんどで、通称下付のビブラートと呼ばれます。これは正確にはビブラートではなく声の揺れで、正しくない位置で発声しているときの老化現象です。

2 ノンビブラート

これを直すには声をより鼻腔に当てながら喉の緊張を和らげる訓練をします。 前述したとおり、ビブラートがつかない状態です。あえて止めるのではなく、つけようとしてもつかない状態を指します。別名オルガントーンとも言われます。

あごから首、胸、おなかにかけてのどこかで、またはその全体で力みがあることが原因ですが、本人に自覚症状がない場合がほとんどです。
なので「力を抜いて」と言っても力を入れている意識がないので直すのが大変だと思っている教師が多いです。

腕や首を動かしながら歌って、力が抜ける状態を自覚すること、半音程度の大きな揺れをわざと歌ってみて、喉仏のどの部分がビブラートを作るのかを確認して緩める練習をします。ビブラートをイメージしながら一つの音を息が足りなくなるまでロングトーンで出すと息の終わりにかすかなビブラートがつき始めることもあります。
本気で取り組めば1~3ヶ月で改善できます。

3 ちりめんビブラート

細かすぎる揺れです。音にも幅があり、ドを出すとするとシからド♯くらいまで上下に音がちりめんのように揺れます。激しいものになると何の音を歌っているのかわからなくなる人もいます。
軽く高い声の女性に多く、この癖がつくと、本人にとっては高音が歌いやすく感じるため、なかなか直すことが難しくなります。

やはりのどの一部分の緊張から起こるのですが、ノンビブラートよりは緊張の程度は軽く、緊張の場所も一部分のことが多いです。本人が「直したい」という気持ちを持つことがなにより重要です。

4 トレモロビブラート

トレモロは、同じ音がキツツキの木をつつく音のように細かく連打する状態のことです。
喉の下部に軽くブレーキをかけるように緊張を与えることで起こります。
首周辺の筋肉を緩めると直りますが、やはりノンビブラートほどの緊張ではないので、響かせる場所を意識して、鼻腔に音を当てるなど別の場所に集中するだけでも直ることがあります。
トレモロが起こるときと直るときの、自分の喉の緊張の差に気づくとだんだん修正されます。

5 不安定なビブラート

最後に不安定なビブラートです。
例えば声の出し始めやフレーズの最後、高音で長く伸ばすときなどにビブラートが不規則になるときなどです。
これらはすべて一言で言えばおなかが硬くて起こることです。
発声の最初にアタックがあることで最初からおなかが硬くなればブレスは短くなり、フレーズの終わりも「頑張って」歌うことでさらに固くなります。
アリアの高音なども「よーし、出すぞ」の意気込みがおなかを硬くします。
たくさんの息を使っておなかに活を入れるように出せば、本人は達成感があり、「出たーっ」と思うかもしれませんが実際にはさほど響いていないし、「頑張って出しているキツい声」に聞こえます。
自分ではホールで響いたか響かないかは聞こえにくいので、規則正しいビブラートが最初から最後まで続いていたかを目安にするのは、自己学習ではとても有効だと思います。

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